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路地町カメラ 【Rojimachi Camera】

目に残ったことや、記録のようなもの。時系列は気にしない

カメラマンと写真家 (長文)


以前から、カメラマンと写真家の違いって何だ? と思っていた。
正確に書くと、「写真家」 っていう肩書きに何かムズムズする違和感があった。

写真家はたぶん 「画家」 という言葉をベースに、写真を撮るから写真家デスヨ という流れと思われ
その人が撮る写真には何かしらの作家性があるから、写真家なんだと思う。

でも、自分の感じている違和感は   そうじゃない。

sak1.jpg

写真はカメラという機械が撮るもので、シャッターボタンを押せば誰でも撮れるものになった。
絵というのは、その人の心が描くもので、上手いのもあれば下手なのもある。

上手・下手は別にして、例えば
小さい子供が描いた絵は、それがラクガキであっても、不思議な魅力があるけど
小さい子供がテキトーに撮った写真を見せられても、ちょっとコメントに困る。
絵を描きたいという衝動と、写真を撮ろうという衝動では、そのエネルギーが全く違うから。

小さい子供に作家性があるとは言わないけれど
これが分別の付いた大人なら、どうだろうか?


写真は誰でも撮れるが故に、作家性を確立するのが難しいと思う。
絵画は見ればタッチやテイストで誰が描いたかすぐに区別できるけど
写真はなかなかそうは行かない。


例えば、100人の画家が富士山の絵を描けば、100通りの富士山ができるだろう。
では、100人の写真家が富士山を撮ったら、100通りの富士山の写真ができるだろうか?


自分の感じている違和感のスタート地点は、そこにある。
写真は所詮 「被写体を撮らせてもらってる」 に過ぎないのだ。


sak2.jpg

雑誌やらWEBやらに、いろいろな写真家さんが出てくるけど
写真って、絵画と比べると  作家性のハードルがずいぶん低いなあ  と思う。

たぶん、写真は誰でも撮れるが故に、ハードルを下げたのはメディアの側や、見る客の方かもしれない。
いや、ハードルが低いから、商売で写真を撮る人は 『写真家』 という大層な肩書きが必要になったんじゃないか?

かつて、90年代ぐいらいとかまで、写真家という言葉はめったに使われなかった。
当時はカメラマンだった。
それがここ10年ほどで写真家が増殖した。      なぜか?


デジカメが普及し、撮ったその場でちゃんと撮れたかどうか確認できるようになり
(かつて、それは経験と技術が必要な分野だった)
ネットが普及し、職業写真家並みに上手いアマチュアがゴロゴロいることが分かり
それまでカメラマンだった人の立場がグラついてきた。
だから 「写真家」 という肩書きを大量発行するようになった。
そこに作家性があろうと無かろうと。


これが、自分が感じている違和感。


かつて、カメラマンになるには? という問いに
「名刺にカメラマンと書けば誰でもカメラマンです」 というシニカルな答えがあった。
写真家という肩書きも、だんだんそうなっていくだろう。


なんでこんな長文を書きたくなったのかと言えば、お金を出して買った雑誌の写真が「むむむ」なのに
それを撮った人の肩書きが 「写真家」 だったことが何度もあったから。
そのページの金返せバカ。

写真家と名乗っていいのは、濃厚な作風やテイスト、強烈なスピードを持ってる人だけだ。
画家のような衝動とエネルギーを持ってる人だけが写真家になれる。

なお、自分の写真は遊びです。 それ以上でもそれ以下でもないっす。 
ご静聴ありがとうございました。


SONY NEX-5N E18-55mmOSS

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